「格付」という言葉、銀行と融資取引経験がある人なら一度は耳にしたことがあるでしょう。
格付に加え「債務者区分」「自己査定」という言葉も合わせて、銀行の融資審査の全課程に強く影響を与える重要な基礎部分です。
また、これらの語句とも関連して、いま銀行融資の方向性が大きく変わってきています。
今回はこうした、いわば「銀行融資審査の基礎から応用まで」のことがらを、地銀の融資担当として融資審査をする側の視点から説明していきます。
格付と債務者区分と自己査定の関係性
銀行側にとって融資の審査そのものは「格付」からが本番と言えます。
※「格付け」は金融庁の示す金融検査マニュアルでは「信用格付」と表現されています。
銀行内ではシンプルに「格付」と呼ぶことも多く、この方が分かりやすいので以後「格付」で統一します。
格付けとは?
そもそも格付とは何でしょう?
格付の説明をするためには「自己査定」「金融検査マニュアル」といった言葉にも触れなければなりません。
銀行が自己の債権(顧客に貸し付けた融資金=債務者への貸出金)を、債務者の状況や保全の有無(保証協会の「保証」や不動産「担保」等)、そして債権の回収がどの程度までできるか?という可能性などから判断して査定・区分けし、必要な場合は決算時の貸倒引当の対象とすることを総称して「自己査定」といいます。
銀行の監督官庁である金融庁は、こうした自己査定の一連の作業がきちんと「金融検査マニュアル」に則って行われているかをチェック・検査します(=金融検査)。
自己査定によって債権を区分けすることを債権を分類すると表現しますが、分類された債権の中でも銀行から見て回収リスクが高い債権は債務者の立ち位置が低い債権ということになり、これがいわゆる不良債権です。
そして、この債務者の立ち位置を決める作業のことを「格付」といい、区分けされた債務者の立ち位置が「債務者区分」なのです。
債務者区分とは
債務者区分を決めるために格付をする
債務者区分とは、格付の結果として決定された、その債務者の立ち位置と説明しました。
言い換えれば債務者区分を決めるために格付をするのです。
・銀行が自己の保有する債券を区分けすること→ 自己査定
・そのために債務者を区分けすること→ 格付
・格付で区分けされた債務者の立ち位置→ 債務者区分
でしたね。
では、債務者区分について詳しく説明します。
①まず、債務者区分の種類と、債務者区分が債務者(=顧客)にどのように影響するのか?を見ていきます。
債務者区分の種類は、金融検査マニュアルに従うと以下のとおりです。
債務者区分の種類
正常先
業況良好、財務内容にも特段問題無し=黒字企業など
要注意先
財務内容に軽微な問題あり=赤字だが、致命的なものでは無い
破綻懸念先
経営難の状態、今後経営破綻する可能性が高い=慢性的な赤字先または「債務超過状態」である
実質破綻先
法的・形式的な破綻には至っていないが、実質既に破綻している先=返済ができず長期延滞している、代表が所在不明、その他会社が既に活動停止状態の先
破綻先
法的・形式的に破綻をしている先=自己破産など
また、実際の金融機関によって違いますが、債務者区分をアルファベット等で呼称し、信用格付として更にその中で細かく区分したりしています。
例えば上位をAとして「正常先」をアルファベット「A」「B」
更にAの中で「A1」「A2」等に区分。
「要注意先」は「C」として、同様に「C1」「C2」という区分という具合です。
この場合の「1」「2」は「その債務者区分の中で1番目、2番目」という序列を含んだ意味になります。
債務者区分で分かれる審査条件
顧客=債務者区分でイメージする銀行員
銀行員は自分の担当先である顧客を全て債務者区分でイメージしています。
「○○建設は(債務者区分が)A1だから、業況も問題ない、どんな融資もできる」とか
「□□水産はC2だから、業況は赤字だし、マル保融資しかできないな」といった風に使います。
銀行においては、債務者区分に応じた取り組み方針がそれぞれ決められています。
顧客の債務者区分を見れば、債務者の状況から対応できる融資の種類まで銀行員は瞬時にわかるようになっているのです。
金利など融資条件も債務者区分が基準
債務者区分は銀行の融資業務全般に深く関わってきます。
「債務者区分B1で借入期間5年なら金利は○○%」
「債務者区分A1は優良な取引先なので、場合によっては無担保でプロパー融資も可」
というように、債務者区分で金利・融資商品・取組み方針等が決められていくのです。
言い換えれば、あなたが銀行と融資取引をする→ 格付で債務者区分が決められる→ あなたに対する銀行の融資姿勢(積極的か消極的か)、金利や融資商品などは、「債務者区分が決まった時点で、もう既に決められている」ということになるのです。
②次に、どうやって格付から債務者区分が決められていくのかを見ていくことにします。
格付けの決定方法と種類
大企業・中堅企業と中小企業で異なる格付方法
銀行によって基準は違いますが、企業の規模を示す場合に例えば「年商○○億円以上は大企業」「従業員500名以上は中堅企業」といったような区分をし、それ以外の企業を「中小企業」と定義しています。
大企業・中堅企業では、その会社の決算書を単独で評価する以外に「業界平均」の係数と比較したり、場合によっては外部格付機関の格付を使用したりします。
大企業、中堅企業の格付が中小企業の格付と最も異なる点は、総じて決算書等財務諸表という「定量情報」による「定量評価」の格付である、という部分です。
※「定量評価」の詳細は後述。
中小企業の格付けは2種類
地銀の顧客の中で大多数を占める中小零細企業や個人事業主の格付けは、大きく分けて2つの方法があります。
1,機械による自動格付
例えば「総与信額(その債務者に貸出している融資総額)が○千万円未満」とか「年商が○億円未満の債務者」などといったように、その銀行独自の基準を設定し、基準に満たない小規模な債務者については、機械が格付し債務者区分を決めています。
決算書の数値を入力すればコンピュータのシステムが格付を全部やってくれて、債務者区分も機械が決めてくれることを「自動格付」、企業の採点結果を「事業性スコアリング」などと呼んでいます。
原則こうした自動格付の場合、その格付を銀行員が見直すことはまずありません。
自動格付導入の理由に省力化がありますが、実際の一番の理由は「小規模な先は、わざわざ人間が格付するまでも無い」ということなのです。
ちなみに自動格付では、売上高や利益といった損益部分の数値そのものと、企業分析等で用いられる「利益率」「回転率」などの指標で格付を行います。
自動格付では決算書の貸借対照表の部分、いわゆる財務部分の分析はしません。小規模先は、債務超過かどうかなどの財務判定は省略していいことになっているのです。
従って、自動格付では原則「正常先」か「要注意先」しかありません。
ですから、自動格付の対象先に対して、銀行員は積極的な融資売り込みをしません。
財務面の分析をしていないので踏み込んだ対応はできない、また、銀行が重視しない小規模事業者には積極姿勢をとらないという訳です。
2,決算書の中身を人間が検証して行なう格付け
いっぽう一定の規模がある事業者に対しては、しっかりと決算書の中身を人間が検証して格付を行い債務者区分を決めます。
この、決算書の中身を人間が検証することを「補正」といいます。
いろいろな補正はあるのですが、代表的なことは次の2つに集約されると思ってもらって構いません。
補正その1 経営者と企業を一体と判断
補正その2 定性評価→ 定性情報の重要性が高まった
(※補正に関しては別途ページを用意)
「定量評価」とは?「定性評価」とは?
先述した「定量評価」、そして今度は「定性評価」という言葉が出てきました。
審査と格付けにおいては、この二つの言葉についての理解も必要です。
定量評価:数的に比較できるデータ(定量情報)を用いて物事を評価すること
定性評価:数値化できないデータ(定性情報)を用いて物事を評価すること
定量評価
大企業の格付の項で述べたとおり、決算書という定量情報を使って格付することこそ「定量評価」です。
(決算書はまさに定量情報の代表格)
融資審査の根本「返せるのか?」の答えは定量評価で導き出すことが基本でした。
返せるのか?ということは返済能力を示しますが、銀行が融資を検討するときに、決算書の数字を使って債務者がその融資を返せる能力があるのかについて数式を用いて算出するのです。
この返済能力のことを「償還力」ともいいます。
償還力とは?定量評価と償還力
「決算書の数値を用いて、検討している融資金が何年で返せるかを計算する」これが償還力の定義です。
実際に償還力で融資判断するのは長期の借入金=期間1年超のものだけです。
手形貸付、当座貸越などは短期の借入と見なされるため償還力を判断材料にすることはできません。
しかしながら、その企業の返済能力を示す数値として代表的なものであり、銀行員が融資の稟議書を書くときには、短期長期に関係なく必ず盛り込まなければ
ならなかったものです。
私も銀行入社後、先輩から最初に教えられたのが、この償還力でした。
具体的には、今回融資する長期融資をその会社が何年で完済出来るかを計算します。
数値は「年」で表現し、原則は10年以内が理想というのが基本でした。
銀行員ならだれでも暗記している計算式があります。私もそうですが決算書を見ればすぐ償還力を計算したものです。
これができないと仕事になりませんでした(笑)
償還力の計算式
要利益償還債務÷償還財源=◯◯年
要利益償還債務=既往の長期借入金+今回の融資金
償還財源=当期利益+減価償却
つまりは
「直近の決算書の利益(+減価償却分)で今回の融資と今までの長期借入を何年で返せるのか?」
ということが、その会社の返済能力を示す数値となります。
計算例:要利益償還債務1億円÷償還財源2千万円=5(年)<10年
定量評価と定性評価
従来の銀行における融資審査は、決算書から償還力などの数値をはじき出すやり方で、まさに「過去の結果しか見ない」定量評価そのものでした。
結果=定量評価偏重で融資審査をしてきた訳です。
従来の銀行では、大企業・中小企業の区別無く、原則的には決算書の数値だけで格付を行なっていました。
つまり「定量情報のみ」で格付していたわけです。
バブル崩壊後の不良債権処理に追われることになった銀行では、金融庁の方針もあり「償還力・定量評価重視の格付け」にならざるを得ず、「定性情報」を用いることはほとんどありませんでした。
定性情報は決算書の数値に現れない「企業の持つ技術力、地域貢献度」などが該当しますが、定性情報が格付の付与に用いられるようになったのは、比較的最近のことです。特に2010年代中盤からの金融庁の方針変更にリンクするものです。
銀行融資の現状と将来の方向性を考える
銀行の融資審査の過去と現在の展開を押さえつつ、銀行融資の将来の方向性を考えてみたいと思います。
過去の融資審査
過去の融資審査は先に解説したように、定量評価偏重でした。
現在の融資審査
2010年代に入ってから、特に森信親氏が金融庁長官になってから、銀行に対する金融庁の指導方針が大きく変わりました。
特に融資審査に影響を与えている部分として、以下の発言に表現されていますです。
「担保や保証に依存しない融資を推進すべし」
「従来の審査手法に固執せず、新しい融資を生み出す工夫をしろ」
「顧客を顧みない銀行、地方創生に注力しない銀行は淘汰されるべき」
金融庁のこうした大きな方向転換から、銀行の経営も一つの岐路に立たされています。
銀行内部にいると「昔は良かったなあ」「決算書が読めれば仕事ができたのに、これからはもう通用しなくなるのかな?」「とにかく、何でもいいから、貸せっ!てことなんだろう」
といった自虐的な言葉が聞こえてくるのも事実です。
昨今の銀行では、担保や保証に依存しない融資の推進をするべく現場の責任者である支店長の融資決裁権限を従来と比べて大きくし、支店長決裁のみでスピーディーにプロパー融資を実行するようになってきました。
森長官の強力なリーダーシップのもと、銀行に対し「変革」を求める金融庁の方針に呼応し、銀行の融資手法や経営姿勢そのものが変わってきているのです。
こうした変革を象徴するキーワード、それが「事業性評価」そして「金融仲介機能のベンチマーク」です。
事業性評価とは?
事業性評価とは、様々なライフステージにある企業の事業内容や成長の可能性などを適切に評価することです。
ライフステージ
企業を人間にたとえ、今の状態が子供なのか青年なのか年寄りで余命わずかなのか?といった内容で区分けします。
そして「創業期」「成長期」「成熟期」などと表現します。
事業の内容や成長の可能性
ひとことでいえば「ビジネスモデル」のことです。
ビジネスモデル
事業で何を行い、誰をターゲットとして、どうやって儲けを生み出すかという仕組みのこと
事業性評価を何に結び付けるか?
従来の銀行は、業績、担保、保証に依存してきたことは、これまで説明してきました。
金融庁の表現を借りれば「お客様に寄り添う」「お客様と対話をし、課題を共有する」のが、これから銀行の目指すべき姿です。
そのため、事業性評価をもとにした売上増加の支援や新規融資、コンサルティングの提供などが銀行に求められているのです。
ただ預金を集めて金を融資すれば良かった昔の銀行は、それこそビジネスモデルが時代遅れなのです。
金融仲介機能のベンチマークとは?
銀行は金融仲介=すなわち融資を業として行っています。
銀行がこうした金融仲介機能をどれだけ発揮出来ているか?つまりは「どれだけ役に立っている銀行なのか?」をいくつかの指標で評価し、金融庁が公表するということが「金融仲介機能のベンチマーク」です。
例えばベンチマークのひとつの指標として「メインバンク(融資残高1位)として取引している企業のなかで、経営指標の改善や従業員の雇用増加が実現し、かつ銀行の融資残高も増加した取引先の数」があります。
わかりやすく言うと「銀行が融資したから業績も改善したし雇用も増加した取引先の数」です。
こうしたベンチマーク指標は、金融庁の「顧客を顧みない銀行、地方創生に注力しない銀行は淘汰されるべき」という方針に基づいた、銀行の通信簿とも言えるものなのです。
だからこそ、銀行はこうしたベンチマーク指標の数字をよくするために、必然的に体制の変革を求められている、ともいえるわけです。
銀行融資の今後は?将来の方向性
「担保や保証に依存しない融資の推進」のために定量評価偏重から定性評価としての「事業性評価」重視への転換が行われると考えられます。
すでに金融機関の中には、事業性評価を銀行独自の基準で数値的に点数化し、それに応じた金利・条件を決定するといったプロパー融資商品を開発しています。
「事業性評価」は、現在すでに融資審査の有効なツールとなりつつあります。
この事業性評価で触れたビジネスモデルという言葉は、新興企業のシェアハウス融資を一手に引き受けていたスルガ銀行の融資推進手法のことを指して、当時、森金融庁長官が「他の銀行もこうした新しいビジネスモデルを生み出している銀行を見習え」と発言していたことが代表的な例となっていました。
しかしその後のシェアハウス会社(かぼちゃの馬車)の破綻、スルガ銀行への訴訟騒動での、今度は手のひらを返したような金融庁の冷たい対応は記憶に新しいところです。
金融庁自体の屋台骨も揺るぎ兼ねない昨今の情勢から、今後の銀行融資の方向性も不透明な部分があることは否めません。